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最高裁判所第二小法廷 昭和24年(オ)300号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士藤田芳顕の上告理由は末尾添附の別紙書面記載のとおりである。

上告理由第一点について。

控訴期間経過後の控訴として上告人の控訴を却下した原判決が、口頭弁論を経て言渡されたものであることは、記録上明らかである。従つて上告人は、第一審判決が上告人に送達された日時その他の事情につき、原審において十分陳述の機会を与えられたものであつて、この場合民訴法第三八三条第二項の審訊手続はこれを要しないものというべきである。(のみならず原審は、特に昭和二四年一〇月五日午前一〇時の審訊期日を定め、上告人に対し適法な呼出をしたに拘らず、上告人が故なく右期日に出頭しなかつたことも亦記録上明瞭である)従つて、原審の手続には所論のような違法はない。

同第二点について。

上告人が原審において、口頭弁論期日及び審訊期日においては勿論その他第一審判決の送達された日時を争つたことは記録上少しも認められない。論旨は結局原審において主張する機会を与えられたに拘らず主張しなかつた事実を前提として原判決を非難するものであつて上告理由として採用の限りでない。

同第三点について。

原審において控訴提起の時から五ケ月余、数回の口頭弁論を経た後控訴期間経過後の控訴として上告人の控訴却下の判決を言渡したからといつて、これがため原判決を破棄する理由にはならないから論旨は理由がない。

よつて民訴第四〇一条、第八九条、第九五条により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官小谷勝重の反対意見を除き、その他の裁判官一致の意見によるものである。

裁判官小谷勝重の反対意見は次のとおりである。

記録によれば本件第一審判決が上告人(第一審被告)に送達されたのは、昭和二四年四月一三日(同判決正本送達報告書)となつている。従つて控訴申立期間の最終日は同年同月二七日であるのに(記録によれば本件は民訴一五八条二項同一五九条の場合に該当しないことは明らかである)、上告人の控訴申立は同年同月二七日附の控訴状が同月二八日の大阪高等裁判所の受附印が押捺されて同裁判所に提出されているのである。以上の事実によれば本件控訴は民訴三八三条一項にいう「不適法ナル控訴ニシテ其ノ欠缺カ補正スルコト能ハサルモノナル場合」に該当し、口頭弁論を経ずして判決をもつて控訴は却下される場合に当り、従つてこの場合には同条二項によつて準用される民訴一一四条二項により裁判所は控訴人を審訊することを要するものである。そこで右民訴三八三条殊にその第二項の審訊を要する規定の精神を考えるに、不適法な控訴で且つその欠缺が補正し得ない性質の控訴申立即ち本件の場合はその一事例に当るのであるが、かかる場合控訴申立人を審訊することを要するものとしたのは、その関係記録の上では不適法な控訴であり且つその欠缺は、補正し得ない場合のものであつても、右関係記録記載の日時(即ち本件でいえば判決正本送達報告書の送達日時の記載及び控訴状受附印の日附)は絶対の証明力を有するものではないから、右報告書記載又は受附印の日附が真実の日時と相違し、その結果適法な期間内の控訴申立であるかも知れない場合があるから、裁判所は以上の点につき事実を調査するため特に控訴申立人を審訊することを要するものとした法の精神と解せられるのである。然らば本件の如く、裁判所も当事者(殊に控訴申立人)も、適法の不変期間内に申立てた控訴であると信じ、もつて控訴審はその当初より事件の実体に入り二回までも口頭弁論を開いて本案について弁論立証証人調べまでも施行されて訴訟は進行され、この間不適法な控訴申立である点につき何等の釈明も弁論も行われなかつたところ、その後口頭弁論外において裁判所が初めて期間経過後の不適法な控訴申立である点を発見した(気付いた)ような場合には、矢張り民訴三八三条二項は尚その適用あり、従つて同項により準用する民訴一一四条二項により裁判所は特に以上の点に関し事実を調査するため控訴申立人を審訊するを要するものと私は解釈するものである。蓋し本判決の多数説は民訴三八三条一項に「口頭弁論ヲ経スシテ判決ヲ以テ之ヲ却下スルコトヲ得」及び同二項において「……前項ノ場合ニ之ヲ準用ス」とあり、更に同一一四条二項には「前項ノ規定ニ依リ口頭弁論ヲ経スシテ訴ヲ却下スルトキハ」とあることの文詞に拘泥し、或は口頭弁論を開いた以上は仮令不適法な控訴である点につきその釈明も弁論もなされなかつたとしても、口頭弁論は審訊以上のものであるから(即ち口頭弁論においては裁判所の釈明等なくとも、当事者は進んで訴訟の条件に関する事項を始め本案に関するすべての攻撃防御の方法を尽すべきものであるから)最早や重ねて審訊を必要とするものではない。即ち民訴三八三条はこの理を含んでいるものであり文理解釈上も亦一点の疑義もないというのであろうが、不適法な控訴申立であるとの点に関する事実につき何等の釈明も弁論も試みられなかつた口頭弁論は仮令幾回之を開いても所詮一回の審訊に値いするものではないのである。従つて不適法な控訴であつて且つその欠缺を補正し得ないものである場合においては、たとい口頭弁論を経ても、その口頭弁論において控訴申立人に対し、右補正し得ないと認めた欠缺事項に関し釈明がなされ又は弁論がなされた場合でなければ、控訴申立人に対する審訊手続を欠くことは許されないものと解するものである。これに加うるに審訊手続の目的からいつて、当裁判所が書面による審訊について例としているように(別紙甲号参照)、審訊は常に欠缺事項を示しもつてその点につき上訴申立人の意見を求めるものでなければならないのであつて、口頭による審訊の場合にあつても、その審訊期日呼出状に右のような審訊事項を記載することによつて、始めて上訴申立人に欠缺事項につき陳述の機会を与えたものといい得るのである。しかるに本件記録によれば、原審が第一回(昭和二四年六月二〇日)、第二回(同年七月二七日)の各口頭弁論において、控訴申立人(本件上告人)に対し、前示欠缺事項に関し釈明を求めた事跡も認められなければ又当事者が右事項に関し弁論した事跡も認められないのである。そして原審は右第二回口頭弁論期日後卒然として且つ単に「控訴人審訊期日を同年十月五日午前十時と指定する旨」の同年九月二七日附裁判長の命令書(別紙参照乙号の一)及び控訴申立人本人に対する右審訊期日呼出状の送達報告書(別紙参照乙号の二)が本件記録に編綴されているに止まり、右審訊期日呼出状に別紙参照甲号のような「審訊事項」が記載されていたかどうかについては記録上毫もこれを認むべき資料がないのである。(否恐らくは、別紙参照乙号の一同旨のものを送達して呼出したものと推認される。)さて審訊は審訊事項につき一方的に陳述の機会を与えれば足り、従つて現実にそれに関する書面又は口頭の陳述があることを必要とするものではなく、そして本件において右のような審訊呼出状に対し本件控訴申立人(上告人)は書面による陳述もなさずして不出頭の侭であつたことは記録上明白であるが、以上記述のような原審の審訊呼出状によつては、その前提において適法な審訊手続が施行されたものとはいうことができず、従つて欠缺事項について陳述の機会を与えたものとは到底いい得ないことは上記説明のとおりであるから、原審は民訴三八三条二項所定の審訊手続を履践することなく、上告人の控訴を不適法として却下したことに帰し、原判決はこの点(本件上告理由第一点)において破棄(民訴四〇七条一項により破棄差戻し)を免れないものと本裁判官は思料する。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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